2015年03月18日

自分で自分を認めてあげれば、嫉妬も執着もなくなる。他人を気にせず、無駄なイライラから解放される。

■他人からの評価はその場によって違う


誰であれこの世の中で生きていりゃ、直接的であれ間接的であれ、他人との関わりを持たないわけにはいかないでしょう。

小川健次Blog

そういう意味では他人に無関心になることなんかできないし、むしろ他人との関わりによって、自分自身の存在を認められるという側面もある。

自分と他人とのそれぞれのポジショニング知ることによって、自分という存在がその関係性の中で、どのような役割を持つのかがわかるということもある。

とはいえ、それも程度の問題でしょう。あくまでも、その関係性の中での立ち位置を知ることができるというだけで、それは相対的なものでしかない。

つまりは、あなたの立ち位置や評価というものは、その関係の中だけで通じるものであって、別の関係の中ではまったく別物。別評価。

優秀な人が集まるある職場の仕事でうまく結果が出ない人。そこでは役立たず扱い。でも、同じ仕事の別の職場では、他人の成績が良くないおかげで好評価。まさにすごい人扱いでどんどん出世。

そんな話しはよくあることで、他人との比較や評価なんてそんなもん。要するに他人から評価なんてのは、その場そのときその状況にいる、他人との相対評価でしかないんです。

関係ありませんが、赤名リカの潔さが、哀しくも良く見えるのは、さとみのウザっぷりが際立っていたからでしょう。


だからと言って、自分がどう評価されているかを気にしないワケにもいかないのは現実。それがわかってなければ、自分がその組織や人との関係性の中で、どんな役割を果たすべきかが見えなくなる。

それに、時に勝ち負けにこだわることも必要しょう。その過程と結果が自分に磨きをかけることもある。

が、それらも冒頭に言ったように、程度の問題ということですよ。

要するに、他人との関わりの中でのあなたの評価は、あなた自身のパーソナリティを反映していないということ。それに一喜一憂するだけ無駄。

心にアンカー(錨)を落としておけば、波がきても風が吹いても流されず、ブレない自分でいられる。

自分の心が帰るべき場所を、しっかりと持っておけばいいんです。


■自分自身と握手しよう。


誰がどう言おうが、どこでどう評価されようが、自分は自分でしかない。成長や改善はできても、根本は変えられないし変えようがない。

だったらまずは、自分がどんな人であるかという、自分への評価を自分でちゃんとしてあげればいいだけ。そして、それは他人との比較ではなくて、あくまでも自分が求めている自分との比較による評価。

そこで足りない部分は改善すればよく、満足いく部分は褒めて認めてあげればいいことですよ。他人がどうのは関係ない。

他人との比較は必要ない。あくまでも自分基準。だから、いちいち他人に対する嫉妬の感情が生まれることはない。気に入らない相手にいちいちイライラすることもなくなる。

だって比較の対象は常に自分なんだから。他人と比べてどうのこうのと考えない。あくまで自分が納得できるかどうかの話しでしょう。

結局のところ、他人に対して嫉妬や執着、イライラ感を抱くときってのは、自分を見失っているときですよ。本当に求めている自分の姿がわからなくなっているとき。

だから、なんとなく目についたり、身近にいる存在に対して、そこと比べて自分を評価しようとしてしまう。そして無駄なイライラ感を募らせる。

それ関係ないから。上でも言ったように、他人との比較での評価は、あなたの本当のパーソナリティを反映しない。それはあくまでその対象との関係の中での評価でしかないんだから。

<参考過去記事>
他人やどこかの誰かにどう思われようが関係ない。自分で自分のことをどう思うかのほうがはるかに重要。

まずは自分自信を自分で認めてあげることでしょう。自分と向き合って自分と握手することですよ。他人との比較じゃなくて、あくまで自分と自分の比較ができればいいんです。

すると不思議なことに、余計なことでイライラしたり、他人の目を気にして右往左往することもなくなるってもんですわな(^。^)y-.。o○


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