2013年03月07日

世の中の「三大がっかり」の一つが、スマホの液晶保護シールをうまく貼れたと思ったら、一箇所小さなホコリのせいで空気が入っているのを見つけたとき、に異論はないはずです。

積極的心構え

クックパットを見てたら思い立って「よーし俺もうどん打っちゃうぞー」とスーパーに意気込んで小麦粉買いに行ったにも関わらず、間違って白玉粉を山のように買ってきてしまったときも、まあがっかりでしたがね。

おかげで、

その後数日間に渡って白玉だんごを食べ続けるはめになったときは、がっかりを通り越して、生きる意味って何だろうかと真剣に考えたものです。

なぜこんな話しをしているかというと、スマホの保護シールの貼り替えに失敗したからにほかならず、このショックを誰かに伝えたい、この苦悩を誰かに受け止めてもらいたい、という魂の叫びの一つともいえるのかもしれません。

いや。スマホの保護シールなんて、白玉粉事件のときに比べりゃずいぶん、大したことないぞ。そう自分を慰めたかっただけなのかもしれません。


って、・・・えーと。何の話しだっけ( ・◇・)?


あ、そうそう。掲題の話題です。
というわけで以下本文。


■積極的心構え

掲題の件について書き始めようとしたところ、twitterのタイムラインでこんな記事を見つけたので、ちょっとこれに絡めて。

はてな匿名ダイアリー
意識の高い系学生が就活うつになってから就職が決まるまでの話


名も知らぬ誰かが気にかけてくれている。助けてくれる。
そんな暖かさを感じるエピソード。
人間は一人じゃないんだなぁと勇気づけられます。

と思う一方で、なんだかなぁ。なんでそこまでになるかなぁという、何とも言えない感じもあるのが、この彼がそこに至るまでのいきさつ。

彼のこれまでを読みながら、力の入れどころと、抜きどころ。そういう自然体でいるためのバランス感覚を養うプロセスが、実は多くの人に抜け落ちてしまっているのではないだろうかと。そんなことを考えるわけです。

ひたすら頑張りつづけ、いっつも真面目。でもいきなりポキンっと折れる。みたいな。

やるときゃやる。泣くときゃ泣く。それでいいんじゃないですか。

泣きたい自分、弱い自分はよほどの人でもなけりゃ、誰の中にでも存在します。
それを認めた上で、どうやってそれを乗り越えるか、どうやって切り替えるかを考えるのが、積極的な心構えというやつです。

弱さを認めず、ただがむしゃら、ただ何でもかんでも前向きに!
それはそれでもいいんです。
それで  う ま く い く 人 な ら ば。

でもね、それだと疲れるし、どっかでポキンっと音を立てて折れたりしてからじゃ大変じゃないですか。

だからこそ、ちゃんと自分を知ることが必要で、客観的に自分のことを見つめる時間を取りましょうという話しが、色んなところで話題に出てくるんです。

積極的な心構えは、消極的な感情を無視することではなく、むしろそれを認めるところからです。
よく言われるように、本当に強い人は自分の弱さを知っている、ということなんでしょうな。

力を入れるときと、抜くときのタイミングがわかるバランス感覚ってのは、そうやって自分を俯瞰して見るところから養われていくものではないかと。

弱さも強さもひっくるめて、自分自身を総合的に把握した上で、そんな自分がどう目標を達成していこうかと建設的に考える。その過程で泣くことも失敗することも凹むことも、すべて受け容れて前に進もうとすること、それが積極的な心構えです。

それに、自分は絶対一人じゃないし。本当に頑張ってる人が助けを求めれば、それを弱いなんて誰も思わないもんです。必ず助けてくれますよね。